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■ 私と「気」の出会い
いまは気功もそれほど珍しいものではありませんが、私が、気功に関心を持つようになったのはブームになる以前です。当時、私は大学病院に勤務しておりました。
その頃、気功に対する私の知識は、中国では気功師が患者さんに外気治療を行っていることをテレビや本などで知っている程度でした。
もちろん、気功とはどんなものなのか実際には何も知りませんでした。
しかし、私は現代医学に限界を感じていましたので、どのようなことでも患者さんのためになるような治療法は実際に経験してみたいと思っておりました。
気功に興味を持ったのも、現代医学では説明がつかないものの「気功で病気が治る」と言われていたからでした。ある雑誌を読んだことがきっかけになって、
大阪にある西野流呼吸法の道場に約1年半ほど週に一度、習いに行きました。 この時も自分自身で気を自由にコントロールできて、気功治療に応用できたらいいのだがと内心期待していたのですが、
西野流呼吸法は気功治療を行う軟気功ではなく、武術気功である硬気功の一種でした。対気と言って2人1組でお互いに気の交流を行うことにより、
相手に手を触れずに気の力で弾き飛ばすことを可能になります。
私自身は、対気で気を受けた感じは実感できましたが、相手に気を送ることはできませんでした。
私の本心は気で相手を飛ばすのではなくて、それを治療に応用するのが目的でしたから、別にくやしいとは感じませんでした。
もちろん武術気功であっても、創始者である西野先生ほどの達人になると十分に治療ができるそうです。しかし、そこまで気を自由に使いこなすようになるには、
かなりの年月を要してしまうでしょう。
その後、静功を重視した中国気功も少しかじりましたが、大学病院に勤務していた頃は時間的にも経済的にもあまりゆとりがありませんでしたので、
中川気功を知ってからはどちらも止めてしまいました。中川気功を知ったのは、平成2年の春頃に『医療気功の衝撃』という本を読んでからです。
その本の中には「ハイゲンキ」という気発生装置による治療で、難病に効果があったことが書かれていました。
10月に学会のため東京に行った際に「ハイゲンキ」を購入し、実際に自宅で使ってみました。
その後、中川気功で気功師を養成する合宿があることを知って、ぜひその合宿に参加したいと思ったのが、平成3年の2月のことです。
公私とも、本当に忙しい最中でした。経済的にもあまりゆとりもなく、その年の正月休みはほとんど当直のアルバイトに行ってお金を貯めました。
妻が2月に出産予定でしたし、私自身、中川気功の合宿に参加して気功治療ができるようになりたかったので、出産費用と合宿の参加費用が必要だったからでした。
2月4日の子供の出産にも無事に立ち会うこともでき、夏休みを半分に削って冬休みをもらい、中川気功の気功師養成講座の合宿に参加しました。
忙しい日々をなんとか乗り切った甲斐があってか、この合宿が終了した時には私にも外気が出せるようになったのです。
中川気功では、従来の中国気功のように調身、調息、調心は必要とせず、また意念といったイメージも必要がありません。
特別なトレーニングをしなくても、短期間で中川気功の波動を身につければ誰にでも外気を出すことが可能になるようでした。
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